入院中、ひとりのおっさんと友達になった。
３０になったばかりの私は、９時消灯、６時起床という入院生活では、退屈な夜を過ごす事が多かった。
抗がん剤投与後、体力が回復した私は、カミさんが差し入れてくれたインスタントコーヒーを淹れて、見舞い客用の待合室で一人で読書などをして夜を過ごした。
私が一人の夜を満喫していると、よくおっさんが邪魔をしに来た。
「若旦那！寝むれんのか？」
「やあ、おっさんもでしょう？」
「おうよ。こんなに早く眠れるかってんだよな～。早く家にかえりてーなあ。」
「もうすぐでしょ。ひっくりかえって待ってりゃあ帰れるって。」
「旦那はいいぜ、俺ぁ老い先短けーからよ。」
「またまた、何言ってんの！。」
旦那、おっさん、と呼び合う仲だった。
おっさんは「帰りたい」と口癖のように言っていた。
実際、私より数ヶ月入院生活が長かったから、帰る順番はおっさんの方が先だろうと、私は思っていた。
おっさんは自分の病名を「胃潰瘍」と名乗っていた。
「胃をほとんど取られちゃったからよ、メシ食えねーんだよ。まいったよ。」
私はおっさんが少し痩せているのが気になっていた。
おっさんは大部屋にいた。同室の患者さんともおっさんは楽しそうに話をしていた。
入院中は病衣姿だったが、私服ならばダンディーなおっさんなのだろうな、と私は思った。
確かにおっさんと話していると、私も楽しかった。
野球、仕事、政治、金、女、人生の先輩として、おっさんが話してくれる事は、どれも的を得ている事ばかりだった。
ある夜、やはり私が夜の読書を楽しんでいると、いつものようにおっさんが訪れた。
しかし、おっさんの姿を見て私はギョッとなった。
おっさんは病衣をまくり、その腹を私に見せた。
「旦那、見てくれよこの腹。」
「おっさん、どーしたんよ！その腹・・・。」
「腹水だってさ。コイツが鬱陶しくてねむれねーんだよ。明日抜いて貰う事になってるんだけどな。」
「こんな所をうろちょろしていていーのかよ。」
「大部屋、暑くてよ。ここは涼しくていいなぁ。ここで寝ようかな。」
「風邪ひくって。」
「帰りてーな。早くよお・・・。」
「ハハハ、そればっかやん。」
翌日、おっさんは私の隣の個室に移された。
個室に移ったおっさんは、以前より出歩かなくなった。
そのお陰で、私は一人で過ごす夜が多くなった。
ある日、おっさんの部屋の扉が空いていた。
看護師さんが、なにやら処置をしていた。
少し離れて部屋を覗くと、おっさんは横になってこっちを見ていた。私は軽く目配せをした。
確かに目が合ったはずなのだが、おっさんは私の目配せに反応してくれなかった。
おっさんは無表情な顔で、目はうつろに開いていた。
その日の夜、いや、翌日の朝方だったろうか。
ふと目覚めると、おっさんの部屋でなにやら忙しく看護師さんが処置をする音が聞こえた。
担当医も来ているようだった。慌しい足音と、小声で指示をする担当医の声が聞こえた。
夜が明けると、おっさんの部屋の名札は、外されていた。
部屋は何もなかったかのように、新しいベッドにシーツがたたんで置かれていた。
明るく、穏やかな病室がそこにあるだけだった。
私が思っていたように、おっさんは私より先に、病院から出て行った。
私が思っていたのとは、違う形で・・・。
帰りたいと口癖のように言っていたおっさんは、とうとう家に帰る事は出来なかった。
今となっては、おっさんの名前や、どこのどういう人なのか、知る術もない。
只、おっさんの人生で、私が最後の友達になった事は、紛れもない事実である。
おっさん、そっちでは楽しくやっているかい？
少し年を食っちまったけど、俺はいつまでもおっさんの友達だからさ！。
招き猫の闘病生活・・・完
special thanks to
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コメント先: "闘病生活・番外編～Another Story ～" (10)
うっ…病院での出会いって良くも悪くも心に残りますね胃潰瘍とかウソつかれて、真実を知らずに弱っていくなんて怖くて怖くてしかたありませんワタシは告知されたい派です治らないならそれこそやることはいっぱいあるじゃないですか？おっさんの最後はどうだったんでしょうね？招き猫さんとの時間はきっと満ち足りたものだったんだろうなぁ
はじめまして。たまたま通りかかって立ち寄ってしまいました。涙があふれて止まりませんでした。とてもいい話。素敵なお友達が出来たのに、すぐにお別れしなければならないなんて、辛かったでしょうね。闘病生活に耐えて帰ってきた招き猫さん、まさに人生はすばらしいノンフィクションですね。このような体験が、きっと招き猫さんの今日に繋がっているのだなと感じました。またちょくちょく来させてもらってもいいですか？また来ます。いいお話をありがとう。
まるさん、いらっしゃい！。おっさんは最後までご自分の本当の病名を知らずに旅立っていきました。家族の方に看取られる事無く、看護師さんと先生に見守られての最期だったと聞きました。念願の帰宅を果たす事無く、逝ってしまいました。おっさんと過ごした、ほんの短い時間は、私にとって幸せな時間でした。おっさんにとっても、幸せだったと信じています。でも、人生にはどうにもならない事が多すぎますよね（涙）・・・。
kikkofishさん、ようこそ！。はじめまして。読んでくださって有難うございます。闘病生活は、辛い事の方が多かったですけど、得たものもたくさんありました。おっさんとの出会いも、その中のひとつでした。ながながと、闘病生活の記事を書かせてもらいましたが、一番書きたかったのは、この番外編だったように思います。是非、ちょくちょくお顔を見せてくださいね。でも、普段はとっても怪しい記事を書いておりますけど・・・。そちらにも遊びに行かせて頂きますね！！。
なんとなく、療養所（サナトリウム）に繋がるなあ。この歌がバックに流れて・・何でだろって思ってました。こんなエンディングが用意されていたのですね・・しみじみ。ちなみに、療養所（サナトリウム）は私の持ち歌で、講演の時に歌います。
おっさんの話、ちょっと、うるっときました。人間、いつ死ぬかわからないところもありますから毎日を充実させたいですね。山の厳しさアドバイスありがとうございました。確かになめてかかるとひどい目にあいそうです。気をひきしめて行ってきます。心配していただいてうれしいです。
やぶさん、まいど！。療養所（サナトリウム）、私も大好きな作品です。本当はライヴヴァージョン（随想録）の方が好きなんです。あの盛り上がる、ストリングス中心のエンディングがいいですよね。しかしながら、ブログのＢＧＭとしては少し盛り上がり過ぎる気がしまして、アルバムヴァージョン（夢供養）にいたしました。私もかつて、フォークソングをかじっておりまして、歌の方は自身があるんですけど、ギターがあまりにも下手で、挫折いたしました（泣）。ん？あれ？まてまて！どうしてやぶさん、講演で歌ったりするの～？！。やぶさんて、お医者さんでしょ～！！。
sorasukeさん、いつもどうも！。今でもおっさんの、「家帰りてーな」という言葉思い出します。多分、おっさんの家はおっさんにとってすごくいい環境で、ご自分の生活の拠点である家を、いい環境にしていたって事は、おっさんの人生は充実していたって事だと思うんです。登山、思い切り楽しんできてくださいね！。良いコンディションである事を、祈っています。
明るいキャラクターの方だっただけに、寂しさは大きいですね＞＜ほんと別れは突然ですよね。前日まで笑顔を見せてくれてたのに、容態が急変したり・・・。私も去年初めて死というものと向き合って、ほんとにショックを受けました。大好きな祖父だったので、１年経った今でもあまりよく分かりません。なんなんだろう。いつでも会える、そんな存在だったのに。
dropさん、いらっしゃい！。そう！とってもダンディーで、楽しくて、優しい人でした。私も出来ればこんな風に年を取りたいなと思っていたんです。ご家族は、覚悟されていたんだと思います。でも、一介の入院仲間の私に、医療スタッフの方が患者の情報を教えてくれるはずも無く、私には突然の別れになってしまいました。お祖父様・・・。出来るだけ、たくさんたくさん、思い出してあげてくださいね。逝ってしまった人に、残された者がしてあげられる事は、その位しかありません。きっと、いいお祖父様だったのでしょうね。